附箋を剥がす(11) Including 「全然」(その13)

ちょっと前にも同じことを書いたのだが…附箋はとっくのとうに剥がしてあったのだが、下書きに入れたままで置いてあったのを上げることにする。

自分がああまで熱愛して――全然肉的にではあるけれども、――一生の幸福をそこにかけてる相手が自分の寝息をうかがって逃亡しようとする。彼は悔しさ、腹立たしさにふるえた。(中勘助「犬」64)


否定と呼応しない「全然」の用例。

…橋の上に佇んで、川上の方を眺めると、正三の名称を知らない山々があったし、街のはての瀬戸内海の方角には島山が、建物の蔭から顔を覗けた。(原民喜「壊滅の序曲」17)


「顔を覗かせた」ならまったく気にはならないけれども、「覗けた」というのは珍しい、と思って調べてみたら、それは僕の無知で、「覗ける」という動詞があるようである。自動詞として、「一部分があらわれる」意、他動詞として、「顔やからだを、ある場所から外へ出す」意(『日本国語大辞典』)。

民喜の例で「顔を覗けた」のは、山々だから、自動詞と取った方が良さそうである。が、すると、「を」の使い方が釈然としない。
『日本国語大辞典』には、他動詞の例として、「千登世はびっくりして隣室から顔を覗けた」(嘉村礒太「崖の下」)というのが上げられている。民喜の例は、形としては、これと同じである。

さて、上記の引用部分の直後に、「この街を包囲しているそれらの山々に、正三はかすかに何かよびかけたいものを感じはじめた。」とある。
それからすると、「建物の蔭から顔を覗けた」というのは、擬人法で、建物の蔭から山が見えた、のではなく、山が自らの意思で建物の蔭から顔を出した、という表現なのではないか。

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