訃報・市川團十郎

市川団十郎さんが死去 歌舞伎十八番や豪快な荒事芸継承

おおらかな芸風と華のある風姿で「勧進帳」の弁慶役など歌舞伎十八番の豪快な荒事(あらごと)を得意にした歌舞伎俳優の市川団十郎(いちかわ・だんじゅうろう、本名堀越夏雄=ほりこし・なつお)さんが3日午後9時59分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。66歳だった。葬儀などの日程は未定。十一代目市川海老蔵さんは長男。(朝日新聞デジタル)


訃報:市川団十郎さん 66歳=歌舞伎俳優

弁慶や助六などの風格ある大きな舞台ぶりで歌舞伎界を代表する立ち役として活躍してきた十二代目市川団十郎(いちかわ・だんじゅうろう、本名・堀越夏雄=ほりこし・なつお)さんが3日午後9時59分、肺炎のため東京都港区の病院で死去した。66歳。
歌舞伎座に出演中の04年5月9日に体調不良を訴えて入院。「急性前骨髄球性白血病」と診断された。08年には骨髄移植を受けるなど闘病しながら舞台を続けていた。(毎日jp)


市川団十郎さんが死去…66歳、肺炎で

江戸歌舞伎伝統の「荒事」を継承し、「勧進帳」の弁慶など豪快な役柄を得意とした歌舞伎俳優で日本芸術院会員の十二代目市川団十郎(いちかわ・だんじゅうろう、本名・堀越夏雄=ほりこし・なつお)さんが3日午後9時59分、肺炎のため死去した。
66歳だった。昨年12月、京都・南座での歌舞伎公演中に肺炎をこじらせ、休演。入院し、療養を続けていた。
十一代目市川団十郎の長男。1953年に市川夏雄の名で初舞台を踏み、58年に六代目新之助、69年に十代目海老蔵を襲名した。荒事と呼ばれる力強い演技様式を江戸時代に創始した初代団十郎以来続く大名跡を、85年に継承した。市川家の芸である「歌舞伎十八番」の「勧進帳」や「助六」「鳴神」などで、豪快でおおらかな魅力を発揮する一方、新作や古い作品の復活上演にも意欲的に取り組んだ。(YOMIURI ONLINE)



歌舞伎界随一の大名跡、市川團十郎。
新之助時代、菊之助・辰之助とともに三之助と呼ばれ、海老蔵になって海老様と呼ばれて人気を博し…ていた頃は知らない。僕の中では、この人は最初から最後まで團十郎だった。
高校1年の時、国語科の教師が「あの大根役者が團十郎か?」と言っていた記憶があったのだが、記事で見ると襲名は1985年、その2〜3年後のことである。記憶違いかも知れないし、襲名の話がその頃に既に出ていたのかも知れない。

さて、その「大根」たる評は、僕も歌舞伎を見るようになってからしばらくの間、同じように思っていた。
が、ある時、この考えを改めた。と言っても、團十郎の演技を上手いと思うようになったわけではない。大根といえば、大根かもしれない。
名前は出さないが、名優の名の高いある役者が演じたのと同じ配役を、比較的近い時期に、團十郎が演じたのを見たことがある。先に演じた役者の演技は、この上なく上手かった。それに比べると、團十郎の演技は、数段劣るように見えた。見えたのだが、芝居そのものとして、團十郎の演じたものの方が、遙かに感動の度合いが深かったのである。

團十郎は、主役である。主役は、演技が下手でも良いのである。「下手」とまで言ったら語弊があるかも知れないけれども、飛び抜けて上手い必要はない。「存在感」とか「華」とか言われる、判らない人には判らないけれども判る人には判…いや、やはり良くは判らないものが確かにあって、團十郎にはそれが間違いなく圧倒的に備わっていた。
追悼企画のテレビ放映もあるだろうけれども、團十郎の良さはテレビではあまり伝わらないかもしれない。実際に舞台を見ることがなくなって久しいが、團十郎だけはもう一度見たかった。
[ 2013/02/04 22:17 ] 古典芸能 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

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