附箋を剥がす(9) Including 「全然」(その11)

『日本近代短篇小説選 昭和篇3』の附箋を剥がすためのメモ。

狭い路地で道子と躯を押合うようにしながら背を跼めて、裏木戸を開けようとしていると、外側から戸がひらいて彼の眼前に老人の顔があった。(吉行淳之介「驟雨」P47L6)

早く来過ぎた当惑でまごまごし、ふと見ると天幕のなかに「故****葬儀式次第」とあった。(幸田文「黒い裾」P67L6)

混雑と暑苦しさが溢れ、昂奮のけはいが盛りあがって渦にまわりだした。酒井さんすらその渦に呑まれそうに見え、ましてもの馴れない千代はまったく巻かれて、葬式という場処も悲嘆の観念もすべて忘れ、ばかの一ツ覚えにただ湯を絶やすまい、ひたすら人の渇きに茶を供えようとし、いつか自分が軸になってお茶番の女たちを動かしていることは知らなかった。(同P71L7)

「いいから針箱ごと持って来て頂戴。」という間に打紐を解き、帯を解き、千代は白い襦袢だけになって、眼がきらりとしている。(同P92L4)

出発しそこねた特攻兵は今全く眠りにはいったはずだから、その眠りをさまたげぬよう、狭い入江の両岸にかけて設営された隊の中すべてが、足音をひそめて隊務を進め、そして太陽は確実に高い所にのぼって行き、この新しい日が私は理解できない。(島尾敏雄「出発は遂に訪れず」P274L6)

目的の完結が先にのばされ、発進と即時待機のあいだには無限の距離が横たわり、二つの顔付は少しも似ていない。(島尾敏雄「出発は遂に訪れず」P275L6)


「叙述観点の転換」の事例。
吉行の例は、「裏木戸を開けようとしている」のは道子と一緒にいる人物(山村英夫)の行動で、それが、「…老人の顔があった」という、その場面の描写に転換している。
幸田の1例目は、ふつうなら、「…まごまごしたが」というふうに接続助詞によって文法的に次節との繫がりを明示するところだろうが、それをせずに観点を転換させている。
2例目は、それと同様に、「…供えようとしていたが」というふうにせず、転換する。
3例目は、千代を主語とする文だったのが、「眼がきらりとしている」という千代についての描写に転換している。
島尾の1例目は、「隊の中すべてが>隊務を進め―太陽は>のぼって行き―私は>理解できない」と転換する。2例目の「二つの顔付」は、それ以前に出る「発進」と「即時待機」を指すが、ふつうなら「…無限の距離が横たわっていた。その二つの…」とでもなるところが、観点の転換によって1文で表現されている。

そら出た、と千代は座を起った。桂子は、このごろ酒井さんはひどく劫に機嫌がわるくて、劫も三度に一度は口返答をして困ると、ひそひそ話した。(幸田文「黒い裾」P83L9)

そして早く帰ることをうながす具合に手もとを乱暴に動かす様子が見えたから、彼に別れてそこを出たがその拳銃を使って彼が何をしようとしていたのか、分ったわけではない。(島尾敏雄「出発は遂に訪れず」P314L12)


助詞「に」の使い方。
幸田の例は、「劫(=人物の名)に対して」「…について」というニュアンスだし、島尾の例は、「彼と」というような意味合いである。

彼は豊子を愛していたし、自分も彼を愛していた。それを親の手でむりやり別れさされたことがつらかったのだ。(庄野潤三「結婚」P107L15)

豊子はひとりでに小沢の濃いい胸毛の感触がよみがえって来て、胸がしめつけられるように苦しくなるのだ。そのような連想を知らず知らずにしてしまう自分の心を、卑しいと咎めるのだが、豊子にはどうにもとどめることが出来なかった。(同、P114L7)

住宅なら、女が、往来に接して、ガラス戸越しにこっちを向いているはずがない。ただし、こっちを向いているとはいっても、女は、こっち向きに顔をうつむけている。おそろしく立派な鼻だけが見える。(中野重治「萩のもんかきや」P138L9)


「別れさされた」「濃いい」 「うつむけて」が気になったのでメモしておく。
余談だが、中野の文を写した時、最初、
「住宅なら、女が、往来に接して、ガラス戸越しにこっち向きに顔をうつむけている。」
と書いてしまった。「こっちを向いているはずがない。ただし、こっちを向いているとはいっても、女は、」を丸々書き漏らしたのである。これを、「脱文」という。
脱文には理由があって、この部分を文庫本の原文のとおりに改行すると、

しかし住宅ではない。住宅なら、女が、往来に接して、ガラス戸越しにこっちを向いて
いるはずがない。ただし、こっちを向いているとはいっても、女は、こっち向きに顔をう
つむけている。


となる。1行目末尾の「こっち」から、2行目末尾の「こっち」に目移りがして、途中を飛ばしてしまったのである。しかも、直後には「向」という同じ文字もある。原則として手書きで写されて流布する古典文学作品の写本には、こういう「脱文」による誤写が、しばしば見られる。
逆に、「衍文」というものもある。先の文を、

住宅なら、女が、往来に接して、ガラス戸越しにこっちを向いているはずがない。ただし、こっちを向いているとはいっても、女は、こっちを向いているはずがない。ただし、こっちを向いているとはいっても、女は、こっち向きに顔をうつむけている。おそろしく立派な鼻だけが見える。


というように写してしまう場合。2行目末尾の「こっち」から、1行目末尾の「こっち」に目移りがして、同じ文を2度写してしまうことを言う。

こういう、こじれた夫婦喧嘩みたような場合は、夫婦喧嘩でないだけに、わきから口出しをしてもはじまるはずがない。(中野重治「萩のもんかきや」P126L8)


「みたような」が気になってメモをした。見たことのない表現だというわけではない。たとえば、漱石の作品に頻出する。この「みたような」は、次第に「みたいな」に取って代わられたのだが、この中野の作品は昭和31年(1956)のもの。こんな後の年代にも使われた例があるということで、抽いておいた。

いや、なによりいけなかったのは、かの女が「色白く、髪長く容顔まことにすぐれた」女である上に――『菊隠録』は「無垢世界龍女之後胤」などと誇張した表現をつかっているが――武田の家中で刀をとってはならぶものがないという評判のあった今井貞邦の妹だったことであろう。(花田清輝「群猿図」P211L13)

ほかの奴らは腹立たしいほど鈍感であり、出世(軍隊の)に対する競争心、功名心が皆無で、とても「物の用には立ち得べきとも思われ」ないのであった。(富士正晴「帝国軍隊に於ける学習・序」P243L13)


「文体の融合」の事例。
引用文が、地の文と直接繫がって行く構文である。

皆様お疲れのところ誠にごくろうさまでございます。ごぞんじのように今年から丙種も点呼を受けるようになりまして、今夜から点呼のために、準備教育をいたすことになりました。不肖わたくし(このころから妙に不肖というのが流行しはじめ、もっと後になると東条英機の気障ったらしい演説口調とナマリが世間一杯になった。その憂鬱さ!)が皆様を訓練することになりました。よろしくお願いいたします。(富士正晴「帝国軍隊に於ける学習・序」P227L1)


「不肖」という語には何となく軍隊調なイメージはあったのだが、そういう経緯があったのか。これは迂闊には使いにくい…と言っても、元々使っていなかったから、あまり関係はない。

「ううん。ビッコなんかじゃない。からだはぜんぜん丈夫だったよ」
一人が首をふって答えた。
では、癒ったのだ! おれはまったくの無罪なのだ!(山川方夫「夏の葬列」P267L7)


否定と呼応しない「全然」の用例。昭和37年(1962)のもの。

コメントの投稿











管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://hoshinahouse.blog101.fc2.com/tb.php/682-6714d656