富士山の日

今日2月23日は「富士山の日」なのだそうだ。静岡と山梨とで、条例が制定されているらしい。

「富士山の日」制定趣旨

国民の財産であり、日本のシンボルである富士山は、その類まれなる美しい自然景観により、人の心を打ち、芸術や信仰を生み出してきました。

こうした偉大なる富士山を抱く静岡県において、すべての県民が富士山について学び、考え、想いを寄せ、富士山憲章の理念に基づき、後世に引き継ぐことを期する日として、2月23日を「富士山の日」とする条例を制定しました。


山梨県富士山の日条例について

今後は、「富士山の日」の制定を契機として、富士山環境保全活動や富士山世界文化遺産登録等の取組に対する県民の理解を深めることなどにより、富士山を後世に引き継ぐための県民運動の促進に努めます。

山梨県では、富士山の豊かな自然及び美しい景観並びに富士山に関する歴史及び文化を後世に引き継ぐことを期する日として、2月23日を「富士山の日」といたしました。
皆様も、富士山の日の取り組みについて御協力をお願いいたします。


富士山が日本の誇る美しい自然であるだけでなく、文化であることは疑いを入れないから、両県での「富士山の日」条例に、異論を差し挟もうとは毛頭思わない。
ただ、静岡の条例制定趣旨にある「その類まれなる美しい自然景観により、人の心を打ち、芸術や信仰を生み出してきました」に、ちょっとだけ反応したくなるのである。

富士山を扱った有名な文学作品に、伊勢物語がある。

ふじの山を見れば、さ月のつごもりに、雪いとしろうふれり。
  時しらぬ山はふじのねいつとてか
    かのこまだらにゆきのふるらん
その山は、こゝにたとへば、ひえの山をはたちばかりかさねあげたらんほどして、なりはしほじりのやうになん、ありける。(9段)


富士山は誰が見ても美しい、という先入観を持っていると、この部分も富士山の美しさを描いた作品のように思ってしまう。が、真摯に本文を読んでみれば、そうも言っていられない。

まず、「さ月のつごもり」に「雪」が降っているのである。「さ月」は五月だが、これは旧暦で、その「つごもり」なら今の暦では6月末~7月半ば、夏の盛りである。季節感を何より大事にする王朝びとにとって、これは異常事態であって、素朴に喜んでいられることではない。だから、「時しらぬ山」と言うのである。
さらに、その山は「ひえの山をはたちばかりかさねあげたらんほど」、つまり、比叡山の20倍の高さだと言うのである。実際には20倍はないのだが、王朝びとにとって「山」と言えば比叡山なのに、眼前にその常識を覆す想像を絶する巨大な山が出現した、という驚きがある。

他に、竹取物語にも富士山は出て来るが、

大臣上達部をめして、「いづれの山か、天にちかき」と、とはせ給ふに、ある人そうす、「するがの国にあるなる山なん、このみやこもちかく、天もちかく侍る」と奏す。


というように、高さに興味を持っているだけで、その山容を愛でている形跡はない。
万葉びとは、富士の威容を愛で、信仰する心があったけれども、王朝びとからは、そういう気持を感じないのである。

もちろん、王朝びとが愛でなかったから、富士山は美しくない、というようなことを、主張しているのではない。現代人にとって富士山は美しい。ただ、何時の時代でも美意識は共通、と考えるべきではない、ということを言いたかっただけである。

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