「ひろっぱ」

夏休み前に小学校の図書室で(息子が)借りて来た江戸川乱歩の『宇宙怪人』を(僕が)読んだ。

この「少年探偵」シリーズ、以前に3作目まで読んでいたのだが、途中を飛ばして本作(9作目)を読んだら、二十面相がバージョンアップして四十面相になっていた。変装する姿は20どころではないということなのだろうけれども、やはり「二十面相」の方がしっくりする。

推理小説(探偵小説)のストーリーを知ったら楽しめない方は、これ以降は読まないでいただきたいのだが、二十面相改め四十面相が、宇宙からやって来た羽根の生えた大トカゲの怪物に変装して、世界中を震え上がらせる物語である。
世紀の犯罪者たる四十面相の面目躍如たるものがあるのだが、本作では四十面相はかならずしも一方的な悪役ではなく、一般市民の協力者も得て、騒動を巻き起こそうとしているところがいっぷう変っている。
一般市民が四十面相の計画に協力した理由は、四十面相がこの「宇宙怪人」事件を企てた動機にある。四十面相は、これで金を儲けようとしたり、物品を手に入れようとはしていないのである。

明智小五郎に計画を見破られた四十面相は、明智や警察を前に、こう語りかける。

おれたちは悪者だ。世界じゅうの警察に、にらまれている悪者だ。だが、戦争というものは、おれたちの何百倍、何千倍も、悪いことじゃないのか! え、諸君、そうじゃないか。(火の柱)


自国の利益のために戦争ばかりしている地球上の国々に対して、国同士の戦争を止めて一致団結してもらいたい、という願いがある。宇宙怪人の来襲という危機を演出することで、それを実現しようとする、実に遠大な企てである。
本作の連載開始は昭和28年(1953)、朝鮮戦争末期の反戦機運を反映しているようで、少年向けとはいえ、時代の風潮と無縁ではいられないということだろう。この思想は、『チャップリンの殺人狂時代』にも通じるところがある。

さて、それはそれとして、本作品を読んでいて気になったことば。

フランス人の発明したこのキカイは、まだオモチャみたいなもので、遠くまでは飛べません。せいぜい二、三百メートルで、キカイの力がなくなってしまうのです。ですから、怪人は、遠くへ飛びさったと見せかけて、じつは、近くの原っぱへおりていたのです。(人体航空機)


「原っぱ」というのは、何の変哲もない、良く目にすることばである。もっとも、都会では原っぱ自体が無くなっているから、日常会話に出て来ることは、多くないだろうが。
気になったのは、次のことば。

ネズミ色のオーバーの男は、そのカシの木のほうへ歩いていきましたが、ふと気がつくと、もうすがたが見えません。カシの木の大きな幹のかげにかくれたのではないかと、小林君は、ソッとそのほうへ近づいていきました。
ひろっぱのすみに街灯がついていて、その光が、こけのはえた太い太いカシの木の幹を、ボンヤリとてらしています。(みどり色の手)


「ひろっぱ」ということばは、意味は難なく判るけれども、目にしたことは無かったように思う。本作では、これ以外の箇所にも、何度か使われている。
「原っぱ」が「原場」であるのと同様、「ひろっぱ」は「広場」の謂である。
『日本国語大辞典』に、「『ひろば(広場)』の変化した語」とある。用例は上げられていないから、比較的新しい語なのだろう。
「方言」として、「都会。北海道。青森県上北郡。秋田県鹿角郡」としている。「都会」というのも何だか変な感じがするが、『宇宙怪人』の例と合わせれば、戦後の東京で使われていたということは言えるだろう。
[蛇足]
(邪道だが)青空文庫で検索したら、宮本百合子の「築地河岸」に用例があった。何だ、それなら読んだじゃないか。

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