附箋を剥がす(16)Including 「全然」(その17)

内田百閒『百鬼園随筆』(旺文社文庫)に貼った附箋を剥がすためのメモ…と言っても、本当は貼っていないけれど。

格助詞「に」の使い方。

明治三十六年、第五回内国勧業博覧会が大阪開かれた時、私は父につれられて田舎から見物に出かけたところが、天王寺の塔よりまだ高い塔が出来てゐて、その天辺まで登りつめたら、急に父が両足をがくがくと慄はして、起つてゐられなくなつたのを覚えてゐる。(「飛行機漫筆」P50L15)

その揚句が、たうとうその男とも別れる事になつて、今では大塚とか芸妓をしてゐると云ふ事です。(「百鬼園先生言行録」P227L14)

養父母となる筈だつたこの平和な老夫婦を殺害して、その場自殺した大学生については、私は何も知るところがなかつた。(「梟林記」P270L15)

私が二階の部屋に入つた頃には、もう老夫婦は惨殺せられて座敷や台所に倒れ、加害者の青年は二階縊死してゐたらしい。(同P273L6)

奥さんは台所に倒れて、辺り一面に血が流れてゐる。主人は全身に傷を負うて座敷死んでゐる。さうして青年は二階の梁縊死してゐると云ふ事がわかつた。(同P274L15)

「そんな事があるものか。その二階縊死してゐる青年が犯人だよ。わかり切つてゐるぢやないか」と他の男が云つた。(同P275L3)



否定と呼応しない「全然」。

今そのノートをどこに蔵つたのか思ひ出せないし、第一、その哲学者の名前も忘れてしまつたけれど、うろ覚えに覚えてゐる要旨は、人が金を借りる時の人格と、返す時の人格とは、人格が全然別である。(「無公債者無恒心」P107L16)

「おんなじだ。全然同じだ。第一、金策にしてももう一ヶ月も欠勤してゐると云ふのが変ですよ。…」(「債鬼」P172L13)

これは侮蔑の意味ではありませぬ。男も同じく人間である。しかし全然別種の人間であります。即ち男と女と違ふのであります。(「百鬼園先生言行録」P237L10)



助詞「を」の使い方。

「どうしてつて、あれは必ずどこか借りてゐますよ。初めての対応ぢやありませんものね…」(「債鬼」P169L17)



「覗ける」。

石の上に倒れたのだから、大した音はしなかつたかも知れないけれど、それにしても山高帽子は後ろに飛び、両手の手の平はすりむいてゐる位だから、玄関の受附に日とがゐたら、顔ぐらい覗けそうなものだと思つた。(「フロツクコート」P182L5)


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