「のっぺらぽう」

今年の夏、実家に帰った時に、置きっ放しになっている本を持ち帰ろうと思ったのだが、思いの外荷物が多く、文庫本2冊だけ持って来た。
その内の1冊、内田百閒『百鬼園随筆』。
今はなき旺文社文庫、1980年発行のものだが、著者の意を汲んで、まだ旧仮名で表記されていた頃のものである。

読んでいて、気になったところがあった。

鉄骨の足代の底から、伸び上って来た鉄壁が、いつとはなしに、見上げる様な高さになり、煙突も帆柱もない、のつぺらぽうな大きな船の形になる迄に、一年かかつたのか、二年たつたのかわからない。(「進水式」P30L13)

遠くに見える海面に、白浪をたてて、のつぺらぽうの軍艦が浮かんだのを見ても、何となく気持がぴつたりしなかつた。(同P32L1)

姿の変つた山を見上げた時、私は不意に芽出度い進水式当日の記憶から、急にゐなくなつた、のつぺらぽうの軍艦の姿をなつかしく思ひ出した。(同P32L14)


問題は、「のつぺらぽう」である。
最初、歴史的仮名遣いなら「のつぺらばう」ではないか、と思ったのだが、良く見ると(ディスプレイ上では判読が出来ないと思うが)「のつぺら"BO"う」(「ほ」に濁点)ではなく、「のつぺら"PO"う」(「ほ」に半濁点)と書いてある。
『日本国語大辞典』には、「のっぺら"BO"う」として立項されていて(歴史的仮名遣いは「バウ」)、「のっぺら"PO"う」とも言う旨の記載がある。
「のっぺら"BO"う」なら「坊」を連想させるから「ばう」と書くだろうが、「のっぺら"PO"う」なら「ぱう」でなければならない理由もなさそうである。
同辞典には漱石の『三四郎』の用例が上げられていて、これも「のっぺら"PO"う」と書かれている。ただし表記が現代かなづかいなので、原文が「ぽう」なのか「ぱう」なのかは判らない。それで、新書版漱石全集を見てみた。

「……此故に彼等はヘーゲルを聞いて、彼等の未来を決定し得たり。自己の運命を改造し得たり。のつぺらぽうに講義を聴いて、のつぺらぽうに卒業し去る公等日本の大学生と同じ事と思ふは、天下の己惚なり。公等はタイプ、ライターに過ぎず。しかも慾張つたるタイプ、ライターなり。公等のなす所、思ふ所、云ふ所、遂に切実なる社会の活気運に関せず。詩に至る迄ののつぺらぽうなるかな。死に至る迄ののつぺらぽうなるかな」とのつぺらぽうを二遍繰返してゐる。(3、P41上L15)


何度か読んだはずだが、今までまるで気づかなかった。

青空文庫を見たら、ここが「のっぺら"BO"う」になっていた。底本とした角川文庫が、そうなっているのかもしれない。
【9月8日追記】
角川文庫を立ち読みしたら、「のっぺら"PO"う」になっていた。そのほか、新潮・集英社・ちくま全集の各文庫も同じ。案外、ちゃんとしているものである。

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