神田三崎町

「神田猿楽町」「神田三崎町」復活!? 千代田区 住居表示審議会を開始

東京都千代田区の猿楽(さるがく)町と三崎町の住居表示に、かつて町名に存在した「神田」の冠が復活し、「神田猿楽町」「神田三崎町」に戻る可能性が出てきた。区が二十五日、三十四年ぶりに「住居表示審議会」を開催。今後の審議で、関係者に町名変更に関して意見を求める。賛否両論があって進展しなかった地名問題に、果たして決着はつくか?
東京ドームの南側、事務所や商店、学校などが密集する猿楽町、三崎町の地名は、明治維新後に定められ、東京市神田区の一部だった。
猿楽町は江戸時代に猿楽の一座が住んでいたことに、三崎町は日比谷入江に突き出た岬だったことに由来するとされる。戦後の一九四七年、麹町区との合併で千代田区が誕生した際、旧神田区では由緒ある神田の名称を頭に残し、神田猿楽町、神田三崎町となった。
六二年に郵便配達の効率化などを図る住居表示法ができ、その後、神田の冠は外された。
一方で、新表示に難色を示した地域もあり、神田神保町、神田淡路町、神田小川町などは、そのまま残った。
江戸開府四百年の二〇〇三年ごろから地域の歴史の見直し機運が高まり、〇四年に猿楽町、三崎町のある神保町地区の連合町会が区に神田の冠の復活を要望。学識経験者らによる区の検討懇談会が、「変更の実施が望ましい」とする中間答申を〇七年に出した。すると、変更に伴う事務作業に手間やコストがかかる地元事業所などが、反対の要望を区に提出。区では双方の意向をアンケートなどで探ってきた。
住居表示審議会は、連合町会長や副区長、区議、警察・消防署長ら二十人で構成。本年度になり、賛否双方の側から議会への陳情や区への要望が再び出されたことから、広く意見を聞く。審議の動向を見極め、区長が変更の是非を最終的に判断。地方自治法により、変更の際は区議会の議決が必要となる。
区コミュニティ振興課の担当者は「急いで進めることはできない問題。結論が出る時期は分からない」としている。(TOKYO WEB)


こういう問題は、地域住民の方の意向が第一で、余所者がとやかく言うべきことではないのだが、僕にとっては三崎町は馴染のあるところで、小川町や淡路町よりもむしろそちらの方こそ「神田」のイメージが強く、実はごく最近まで、「神田三崎町」だと思い込んでいたくらいである。
記事によれば、「神田猿楽町」「神田三崎町」を名乗ったのは15年程度の間だから、その町名自体に歴史があるわけではないけれども、町名の変更によって、神田神保町と三崎町の一体感が強まるだろうし、変更による経済効果もあるだろうから、個人的には大賛成である。
むろん、記事にあるように、町名変更に伴うコストを受け入れがたい向きがあるのも当然と言えば当然で、どんなに思い入れのある土地であるにせよ、外野は静かに見守るべきだろう。

地味なニュースだけれども、気になったので記載しておいた。
[ 2013/12/18 17:21 ] | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

コメントの投稿











管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://hoshinahouse.blog101.fc2.com/tb.php/841-eae61e4d