「せなかった」

去年の暮れ、中学2年の娘が国語の問題を解いていて、「する」の未然形を答えさせる問題について訊いて来た。
後ろに「ない」を付けると「しない」だから、未然形は「し」のはず、が、答えには「し」の他に「せ」が上げられている、この「せ」というのは何なのか? というのである。
答えに「さ」が入っていなかったのは今は措くことにするが、学校では、活用語の未然形の形を知るためには、その語の後ろに「ない」「う・よう」を付けるてみれば良い、というふうに教わるのだから、この疑問はもっともで、たしかに「せない」とか「せよう」などという言い方はふつうしない。
そこで、文法書の活用表を見せた上で、「せん」という場合の「せ」だと説明をしたのだが、「せん」などという言い方は、今時大阪弁でもなければすることがない。何故ここで大阪弁(?)を持ち出さなければならないのか、説明は難しい。(むろん本当は大阪弁とは関係ないのだけれども、現代の東京の若者にそれ以外の「せん」を理解することは難しかろう。)
とはいえ、活用表を全て覚えるのは効率が悪いしさしたる効用もない。だから、「せ」が何かが判らないのは無理からぬところではある。
だいたい学校でも、「ない」を付けてみろとは教えても、「ん」を付けてみろとは教えないはずである。
教えないのは道理で、例えば「行く」の場合、「行かない」としても「行かん」としても、同じ「行か」という形である。そしてこれは、「行く」(五段)の場合にだけ起こるのではなくて、「見る」(上一段)でも「覚える」(下一段)でも「来る」(カ変)でも同じである。
「ない」を付けた時と「ん」を付けた時とで形が変わるのは、サ変に限った話なので、それだけのためにすべての動詞に「ん」を付けてみるのは無駄なことこの上ない。
だから、「する」の未然形「せ」は、理由もなく丸暗記せざるを得ない。
サ変の活用が、古典文法では「せ・し・す・する・すれ・せ」だったのが、現代文法では「し・し・する・する・すれ・し」に、基本的には変わって来たのである。つまり、上二段のように変化して来ている(ただし終止形は連体形に合流している)のだけれども、未然形と命令形とに、古典文法のサ変の名残たる「せ」が僅かに残されているわけで、活用としては不安定な状態なのだと思われる。

さて、例のように結論もまとまりもない話を書いているのは、この正月に実家から持って来た、直木三十五の『仇討二十一話』(講談社文庫)を読んでいて、ちょうどこんなものを見つけたからである。

宗矩の高弟である又右衛門も多少この辺の事は心得ていたらしい。腰の一件も、強敵桜井半兵衛を斬倒していた時だから、
「腰ならいい」
と撲らしておいたとも云える。少くもその腰を撲った小者を、刀で払いはしたが斬らなかった所を見ると対手にせなかったものらしい。(「鍵屋の辻」P40L18)


サ変の未然形の「せ」は正にこれなのだけれども、現在ではこういう言い方は、まずしないだろう。とはいえ、このような実例があるにはあるのだから、文法事項として説明ができなければならない。
現代文法(口語文法)の、難しいところである。

これは「せず」の「せ」でしょう。
[ 2014/01/10 01:41 ] [ 編集 ]

Re: 中川@やたナビ さん

「せず」の「せ」だというのはその通りなんですが、現代文法には助動詞「ず」というのはないことになっていまして、そこの整合性が難しいところです。「せず、」は文法的に説明できるけれども「せず。」はできないという…。終止形で説明しようとした場合、「せん(ぬ)」でなければいけないんですよ。しかも、普通は「しない」って言いますし…。
[ 2014/01/10 08:47 ] [ 編集 ]

教科書か副読本の巻末に助動詞の活用表が載っていると思いますが、そこに打ち消しの「ず」はありませんか?
中学校の文法を担当していたのはずいぶん昔なんで、よく覚えていませんが、「掃除もせずに変えた」みたいな言い回しは、口語としてもよく使うので、それで説明していたように思います。
[ 2014/01/10 12:45 ] [ 編集 ]

変えた→帰った
[ 2014/01/10 12:46 ] [ 編集 ]

Re: 中川@やたナビ さん

確かに「せずに」という言い方は日本語としてありますね。
が、実際に使っているかというと、「しないで」ということが殆んどじゃないかと思います。
「ず」は、「情けは人のためならず」とか「後悔先に立たず」のような慣用句に残っていて、決して理解困難なわけではないけれども、実用的にはほぼ使われていない、それでもあるからには説明をしなければならない、というのが難しいと思ったわけです。
まあ、本当のところは、「せなかった」という言い方が珍しいな、と思っただけなんですけどね。
ちなみに、「せずに」の「ず」は助動詞「ぬ(ん)」の連用形ですね。文法書に「せず」ではなく「せん」が載っていたのはそういう理由かと…。
[ 2014/01/10 21:34 ] [ 編集 ]

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