「全然」(その19)

ジョナサン・スウィフト『ガリヴァー旅行記』を読んでいて見つけた用例。
1951年発行の岩波少年文庫、中野好夫訳のものである。

親として、子どもを持ちながら、じぶんたちは、すき勝手な暮らしをしながら、子どもの養育は、全然、社会にまかせっきりというのでは、まったく理屈に合わないというのです。(「リリパット(小人国)渡航記」6、P95)

まだ正式の判決を受けたわけではないのですから、そういう計画については、全然、知らん顔でいてもいいわけですし、リリパット王にしても、まさかわたしが権限外にいる間に、そんな秘密を発表されることはあるまい、と考えたのですが、まもなく、これも、とんだわたしの見こみちがいだとわかりました。(7、P112)

河が海に流れこむ地方は、すべて大きな岩がやたらにころがっていて、おまけに海がひどく荒いときているので、たとえどんな小さな船でも、とうてい乗り出すことはできません。ですから、この国の住民は、他の世界との交易からは、全然絶たれています。(「ブロブディンナグ(大人国)渡航記」4、P178)

早くいえば、心の修養という機会を全然うばわれて、じぶんの受けた損害をうめ合わせるために、じつにこのましからぬこの妙技を学び、これを他人に応用するというようなことになりはしないか。(6、P215)

だいたい、国王というものは、世界からまったく切りはなされているものでして、ほかの国民の風俗や習わしなどについては、全然、無知でありますので、わたしたちヨーロッパ文明国民は、さいわいにもまぬかれていますが、いろいろ片よった物の見方や、気心のせまさも生まれてくるのです。(7、P219)

この国の学問というのは、非常に不完全であって、ただ倫理学、史学、詩学、数学、の四つだけでできています。この四つについては、たいそうすぐれていることを、みとめないわけにはいきませんが、このうち、数学は、農事や、そのほかの機会方面の改良というような、全然、実用のためだけに応用されていますので、わが国などへ持っていけば、ほとんどなんの値うちもありますまい。(7、P223)


コメントの投稿











管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://hoshinahouse.blog101.fc2.com/tb.php/913-00e788ae