助詞「に」まとめ

公正と信義に信頼して」で1例を上げた、「を」とした方が良いかにも思える「に」。
これまで断片的にメモして来た用例を、ただ自分のために改めてまとめて列挙しておく。順不同。

でも、ちょっと考えてごらんなさい。」と、ダブダブがいいました。「きっと、何か思い出すからね。……みんな、この子にせっついてはだめです。」と、ダブダブは、ほかの者にささやきました。(ヒュー・ロフティング作・井伏鱒二訳『ドリトル先生の郵便局』)

まわりには描き上げた緑色の紙が一ぱい拡げてあった。弟は祖母の後でさっきから目を赤くして雑誌に読みふけっていた。(佐多稲子『キャラメル工場から』)

が、同時にわれわれは、漢字のこういう長所に信頼しすぎた結果、言葉は一つの符牒であると云うことを忘れて、強いて複雑多岐なる内容を、二字か三字の漢字の中へ盛り込もうとするようになりました。(谷崎潤一郎『文章読本』「文章の要素」)

お蓮は目を外らせた儘、膝の上の小犬にからかつてゐた。(芥川龍之介『奇怪な再会』)

彼はこの寂しさに悩まされると、屡山腹に枝を張った、高い柏の梢に上って、遥か目の下の谷間の景色にぼんやりと眺め入る事があった。(芥川龍之介『素戔鳴尊』)

然し君は一体何んな事を云って、彼奴に調戯ったのかい。(夏目漱石『明暗』下・116)

彼は一番始めに斯んな事を云って津田に調戯った。(夏目漱石『明暗』下・119)

母から掛り付けて来た産婆に信頼している細君の方が却って平気であった。(夏目漱石『道草』82)
※これはたぶん、今まで取り上げていなかったと思われる。

ウンディーネは一所懸命二人に手伝っていたが、雨を混えた風が急に思ったより早くごうっとばかりに近づいて来たのを見ると、重く垂れた雨雲を戯れに脅かかしながら叫んで言った。(フーケー作・柴田治三郎訳『水妖記(ウンディーネ)』その五)

「どういう趣旨で禁じたのか知らぬが、藤堂候では、いまの薩長の政府に面白くないだろう。どのみち、洒落のわからぬ奴らが、ひょいとした思いつきを前後の考えがなく、新しい触れを出しては手柄をしたつもりでおるのだ。なっていない。兎のどこが悪いというのだ」(大仏次郎『幻燈』陸蒸気)

かれらは容保に諌止するために騎馬をもって会津若松を出発し、夜を日についで江戸に入り、容保に拝謁した。(司馬遼太郎『王城の護衛者』3)

客がそう読んで長居をてれるからおかしいので父は面白がっていたが、今では私がたった一つ父の遺物にこれだけ所蔵して客間にかけている。(坂口安吾『石の思い』)
※あるいはこれは「を」ではなく、「~の中で」という意味合いで取った方が良いのかもしれない。

背の低い、癖毛の一寸美しい芸者が何か末松に揶揄いながら暗い道で謙作の手を握った。(志賀直哉『暗夜行路』後篇・第三・15)

謙作達はこの一っこくのような所のある、勝気な看護婦に信頼していた。(志賀直哉『暗夜行路』後篇・第三・19)


ちょいと論点がずれるかもしれませんが・・・

大学で万葉集を学び始めた時、よく言われたのが、
万葉集は「妹に恋ふ」で、今は「妹を恋ふ」だ。
でも考えてみなさい。「~を恋ふ」ってのは主体的に自らの意志で恋をすることだ。
けれども・・・自らの意志で恋するということは、自らの意志で恋をやめることもできる。
恋とはそんなものですか?・・・と。

「を」と「に」ということで、そんなことを思い出しました。
[ 2014/07/15 21:35 ] [ 編集 ]

Re: 三友亭主人 さん

> ちょいと論点がずれるかもしれませんが・・・

いえ、まさにそういうことなんです。
実は、僕も自分の師匠から同じようなことを教わりました。それで、近代の文章の中にこういう「に」を見つけた時、万葉集の例を思い出しました。
古代語を少しでも齧っていれば、それほど違和感のない表現だと思いますが、意外に最近まで使われていたことが、調べてみて判りました。
[ 2014/07/15 23:41 ] [ 編集 ]

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