"The 1966 Live Recordings"

ノーベル文学賞受賞の勢いを駈って、たぶん今年最後のディラン。

"The 1966 Live Recordings"~『ライブ1966』~

The 1966 Live Recordings


1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルで、ディランがロックに「転向」するというロック史上の「事件」が起こる。
その翌年、ディランは後のザ・バンドを随えてツアーを行なうのだが、その模様はほとんど録音されていたのだそうで、本CDは、その全音源である。
収められている曲は、異なり曲数18で、曲順こそ違え、ほとんど同じ曲が、繰り返し繰り返し36枚ものCDに収められている。延べ曲数296だから、1曲あたり平均16回超、Just Like Tom Thumb's Blues~親指トムのブルースのように~など、22回(内1回は中途半端な感じだが)も聴くことができる。いや、聴く破目になると言うべきか…。
録音状態もまちまちで、特に32枚目以降のものの録音状態は著しく酷く、それ単独では絶対に商品化できないレベルである。聴いて楽しむには、録音状態の良いものを選りすぐれば十分で、それならおおよそCD1枚か、せいぜい2枚に収めることができるはずである。
伝説の「ロイヤル・アルバート・ホール」の演奏が聴きたければ、既にブートレッグ・シリーズに収められて発売されている。それが実はフリー・チェスター・ホールでの演奏だったからと言って、本当の「ロイヤル・アルバート・ホール」の演奏は別に「伝説」なわけではないのだから、無理して聴くほどのこともない。
それでもどうしても聴きたいと言うのなら、同時発売の
"The Real Royal Albert Hall 1966 Concert"~『リアル・ロイヤル・アルバート・ホール』~だけで良く、この年に行なわれたディランのツアーの音源をすべて聴くなんていう苦行は、よほどの物好きでなければ、する必要がない。

ダブル受賞

「みうらじゅん賞」にボブ・ディランや安住紳一郎

12月20日、今年度の「みうらじゅん賞」の受賞者を発表する『輝け!第19回みうらじゅん賞』がGYAO!で独占生配信された。ボブ・ディランやアナウンサーの安住紳一郎らが受賞した。

「みうらじゅん賞」とは、読んで字のごとく漫画家・イラストレーターのみうらじゅんの独断によって選考・贈呈される賞だ。昨年2015年に発表された第18回では、松本人志やGLIM SPANKYが受賞し話題となった。

今回の総評としては、「間違いない選出であり、発表であったと思います。今回はボブ・ディランさんではなく、東京ボブ・ディランさんにお渡ししましたが、どれだけご本人に伝わるかが、今後の課題かと思いますが、これからはGYAO!を見て(世界的に)広がっていくと良いなと思います。」とコメントを残している。当日は、“彷徨い続ける永遠のニセモノ”としてディランのモノマネをしている東京ボブ・ディランが会場に現れた。

<受賞理由>
中学3年のときレコードを買ってもらってから今までずっと聞き続けてきたくらい大好きで憧れの人です。いつ渡そうか・・・と考えながら第19回まできてしまったがようやく渡すことが出来ました。ボブから僕に賞をくれることはないだろうから、こっちから渡すことで関係性を作れたら。。。(BARKS)


いくら何でもおもしろすぎる。
みうらは別のところでディランを「ノーベル文学賞とのダブル受賞」と言っていたが、自分が勝手に作ってしまった賞とノーベル賞を並べてしまうところが実にイカしている。

「こっちから渡すことで」とは言っているが、実際に受け取ったのは東京ボブ。関係性の作りようもないけれども、それもまたおもしろい。

ノーベル文学賞2016(その14)

ノーベル文学賞受賞を期にいろんな人がいろんなことをもっともらしく語っていたけれども、あまり興味はなかったから、そういうものはほとんど読まなかった。当たっているものもあるだろうし、まるっきり的外れのものもあるだろうけれども、どれが前者でどれが後者かは、誰にも判断のしようがないからである。
でも、これは興味深く、とても面白かった。

「ボブ・ディランはディランを発明しつづける」(みうらじゅん×湯浅学)
『ミュージックマガジン』(2016年12月号)


MUSIC MAGAGINE


受賞理由はディランのどこなんだろう? という問いに湯浅が「全体でしょ」と軽く答えているところや、みうらが「みんな分かんないから取ったんじゃないの?」と言っているところなど、何も言っていないように見えて、実に奥深い。
それが判っているから、判るところがあるんだろう。

ほかの記事は…読んでいないから判らない。

ノーベル文学賞2016(その13)

ディランさん「私の歌が文学か自問したことない」  ノーベル文学賞に謝意

10日開かれたノーベル授賞式後の晩さん会で、ノーベル文学賞を受賞した米シンガーソングライターのボブ・ディランさんのスピーチが代読された。ディランさんは若い頃から読み親しんできたカミュやヘミングウェイといった文学界の偉大な巨人たちの列に加わったことは「本当に言葉を失うことだ」と謝意を述べた。

ディランさんは受賞を光栄としながらも、10日の授賞式など一連の行事を欠席。10日夜、ストックホルム市庁舎で催された晩さん会では、ラジ駐スウェーデン米大使がディランさんのスピーチを代読した。(日本経済新聞)


授賞式には「先約がある」とかで出席しなかったものの、これで晴れてノーベル文学賞受賞者になったわけである。
まだ「記念講演」が残っているとはいえ、ひと段落ではある。

さて、代読されたスピーチの中に、意味深長な一節があった。

私は文豪ウィリアム・シェークスピアのことが頭に浮かびました。彼は自分を劇作家だと考えていたと思います。文学作品を書いているという考えはなかったでしょう。彼の文章は舞台のために書かれました。読まれることではなく、話されることを意図していました。「ハムレット」を書いている時、彼はいろいろなことを考えていたと思います。「ふさわしい役者は誰だろう」「どのように演出すべきか」「本当にデンマークという設定でいいのだろうか」。創造的な構想や大志が彼の思考の中心にあったことに疑いはありません。しかしもっと日常的なことも考え、対処しなければなりませんでした。「資金繰りは大丈夫か」「後援者が座る良い席はあるか」「(小道具の)頭蓋骨をどこで手に入れようか」。シェークスピアの意識から最もかけ離れていたのは「これは『文学』だろうか」という問いだったと確信します。


ディランはディランだ、ということか。

Greg Lake

グレッグ・レイク死去 キング・クリムゾンやELPで活躍したボーカル、ベーシスト

キング・クリムゾンやエマーソン・レイク・アンド・パーマー(ELP)のメンバーだったボーカリスト、ベーシストのグレッグ・レイクが12月7日、がんで死去した。69歳だった。

レイクはプログレッシブ・ロック(またはプログロックとして知られている)の代表的ミュージシャンとして知られる。1968年にギタリストのロバート・フリップに誘われ、キング・クリムゾンに加入。69年のデビューアルバム『クリムゾン・キングの宮殿』でボーカルとベースを担当し、『21世紀の精神異常者(現題:21世紀のスキッツォイド・マン)』では鮮烈な印象を残した。セカンドアルバム『ポセイドンのめざめ』ではボーカルとギターを担当している。

キング・クリムゾン脱退後、元ナイスのキーボーディスト、キース・エマーソン、そしてクレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウンエマーソン・レイク・アンド・パーマー(ELP)を結成した。(The Huffington Post)


3月のキース・エマーソンに続き、グレッグ・レイク死去。
記事中、「クレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウン」の後に、「のドラマー、カール・パーマーと」の誤脱があると見られる。
[ 2016/12/09 23:29 ] 音楽・映像 洋楽 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

ノーベル文学賞2016(その12)

ノーベル授賞式でディランの曲 パティ・スミスが披露へ

ノーベル賞の公式ツイッターが5日、10日にストックホルムで開かれる授賞式で、米国のロック歌手パティ・スミスさん(69)が今年の文学賞の受賞者である米国人ミュージシャン、ボブ・ディランさん(75)の「はげしい雨が降る」を披露すると発表した。

スミスさんはディランさんにあこがれてロック音楽に傾倒し、1970年代から親交があることで知られており、9日にはストックホルム市内で「模範となる人の重要性」をテーマに講演したり、朗読を行ったりするという。

一方、式典を欠席するディランさんは受賞演説の原稿を提出済みで、10日の授賞式後にある晩餐(ばんさん)会で代読されるという。地元通信社は、代読は文学賞を選考したスウェーデン・アカデミーのホーラス・エングダール元事務局長が行うと伝えた。(朝日新聞DIGITAL)


これで大方落ち着いたかな。
授賞式には出ないし演説は他人にやらせるし。どこまでディランらしいんだか。

ノーベル文学賞2016(その11)

ボブ・ディラン、来年ストックホルムでノーベル賞受賞の記念講演を開催か

今年のノーベル文学賞の受賞が決まったボブ・ディランが、2017年にノーベル賞受賞の記念講演を開催する可能性があることが報じられた。

これは文学賞を選考したスウェーデン・アカデミーが明らかにしたもので、来年スウェーデンのストックホルムで自身のコンサートを予定しているディランだが、アカデミーはそれが記念講演を同地で行う「絶好のチャンス」であるとしている。

ノーベル文学賞受賞の条件としては受賞後6カ月以内のストックホルムでの講演が挙げられており、アカデミーはこの講演を「ぜひ実現してほしい」とかつてコメントしていた。

ちなみにディランは今年12月10日にストックホルムで行われる授賞式は「先約」があるために欠席することがわかっている。(RO69)


なんだ、ディランがやるって言ったんじゃないのか。
とすれば、ふつうに歌を歌って、これが記念講演だと嘯いたりする可能性も、ないではない。

ノーベル文学賞2016(その10)

ノーベル文学賞
ディランさん、授賞式欠席「先約がある」


ノーベル文学賞の選考に当たったスウェーデン・アカデミーは16日、今年の同賞受賞者に決まった米シンガー・ソングライター、ボブ・ディランさん(75)が12月10日にストックホルムで開かれる授賞式に出席しないと発表した。「先約がある」との手紙を受け取ったという。(毎日新聞)


さんざ焦らした挙句に受け取ると言ったかと思ったら、今度は「先約がある」などという手紙1本で授賞式の出席を断って来たとしたら、「無礼かつ傲慢」だと言えなくもなさそうだ。
が、 実際のところは、こんなもののようである。

ボブ・ディランさん ノーベル賞の授賞式を欠席へ

ことしのノーベル文学賞に選ばれたアメリカのシンガー・ソングライター、ボブ・ディランさんが、来月10日の授賞式を欠席する意向であることがわかりました。

これは、スウェーデンの首都ストックホルムにあるノーベル文学賞の選考委員会が16日、声明を発表して明らかにしたものです。

それによりますと、選考委員会に15日夜、ディランさんから手紙が届き、この中で、来月はすでに約束があり、授賞式には出席できないと記されていたということです。

また、手紙には、ノーベル賞は光栄なことで、できれば直接、賞を受け取りたかったと書き添えられていたということです。

これについて選考委員会は、過去にもハロルド・ピンター氏やドリス・レッシング氏などが授賞式を欠席したことがあるとしたうえで、「欠席は珍しいことだが異例ではなく、賞がディランさんのものであることには変わりがない」とコメントしています。

選考委員会は、賞金を授与するためには記念講演を行うことが必要だとしていて、「来月10日の授賞式から半年の期限内に、ディランさんが記念講演を行ってくれることを楽しみにしている」としています。

ディランさんは、ノーベル文学賞の発表後2週間余りにわたって沈黙を続けたことから、受賞を辞退するのではないかという臆測が出て、授賞式に出席するかどうかにも関心が集まっていました。(NHK NEWS WEB)


先の記事の記者は、どうしてもディラン=反権威というようなステレオチイプなイメージに宛て嵌めたかったのかもしれないし、もしかしたら、ディランが賞を受け取ることに「がっかり」した1人なのかもしれない。

「賞金を授与するためには記念講演を行うことが必要」だそうだが、としたら、まだひと波瀾あるのかもしれない。

ノーベル文学賞2016(その9)

もう少し付き合ってみることにする。

ボブ・ディラン ノーベル文学賞受賞会見なし…授賞式出欠も不明

ノーベル文学賞の選考主体スウェーデン・アカデミーは3日、ストックホルムでの12月10日の授賞式に先立つ恒例の文学賞受賞者の記者会見を、今年は行わないと明らかにした。理由は示していないが、受賞者の米シンガー・ソングライター、ボブ・ディラン(75)の意向に沿った判断とみられる。

記者会見は12月6日に設定され、各賞のイベントと共にウェブサイト上で予定が公表されていたが、既に削除された。ディランが12月にストックホルムに来るかどうかとは無関係だとしており、授賞式への出欠は依然不明。

翌7日には恒例の記念講演が予定されており、現段階で削除されていないが、過去には本人が欠席して関係者が代読したり、録画映像を流したりしたケースもある。(Sponichi Annex)


一件落着かと思っていたら、なかなかどうして、12月10日まで興味を繋いでくれそうである。

ノーベル文学賞2016(その8)

ディラン ノーベル賞“もらう” ファン「がっかり」の声も

今年のノーベル文学賞を授賞決定後、沈黙を続けていた米シンガー・ソングライター、ボブ・ディラン(75)が「大変光栄に思う」と受賞の意向を示したと、賞の選考主体スウェーデン・アカデミーが28日、発表した。

ダニウス事務局長に今週、本人から電話があり「授賞のニュースを聞いて言葉を失った」と説明したという。

ディランは英紙デーリー・テレグラフ電子版に28日に掲載された単独インタビューで、12月10日にストックホルムで行われる授賞式について「もちろん」「可能なら」出席するつもりだと語っている。授賞決定を聞いた直後の感想を「素晴らしい、信じられない。こんなことを誰が夢見るだろう」と話した。

アカデミーは今月13日に授賞を発表。ディランに再三連絡を試みたが本人に接触できず、アカデミーのメンバーからは「無礼かつ、傲慢(ごうまん)」との批判さえ出た。

ディランは、インタビューで沈黙を続けた形になったことについて「俺はここにいるさ」とおどけた様子で話し、詳しい理由は明かさなかった。

沈黙を続けた理由について、音楽評論家の富澤一誠氏は「推測だが演出ではないか。すぐに受賞の意思を示すのは彼のイメージでない。いつまでも引っ張るのも良くない。今がちょうど良いタイミングと考えたのかもしれない」とした。過去に米ロサンゼルスでインタビューした経験を振り返り「キャデラックで送迎され、行き先も告げられず身構えたが、彼はタバコを吸いながらラフな調子で話してくれた。彼自身は何も考えておらず、周囲が勝手に忖度(そんたく)しているだけの可能性もある」とも話した。

反権威の信条から名誉ある受賞を固辞しているとの臆測もあったため、ネット上では「拒否したら格好よかったのに」「がっかり。日和った印象」などの声も上がっている。(スポニチAnnex)


それにしてもこの見出しは何だろう? 僕は長年のディラン・ファンだけれども、ちっともがっかりしていない。強いて言えば、このまま沈黙を続けて、何の予告もなくいきなりストックホルムに現われればなお良かったと思う程度。
ノーベル文学賞を受け取ろうと受け取るまいと、ディランはディランなのであって、それ以外の何者でもない。

だいたい、「反権威の信条から名誉ある受賞を固辞しているとの臆測もあった」なんて、ディランの信条を勝手に決めつけるのも馬鹿げている。これまでも、権威ある賞を、数多く受け取っているのである。
「拒否したら格好よかった」というのも、格好良いかどうかはディランが決めることで、ファンのすることではない。

ともあれ、これでまずはひと段落。